前回に続き、part2です。
私がこのブログを書くにあたってのことを綴ろうと思ったのは、
この流れもひとつの生き方であり、
こんな考えもある、こんな人もいる、というのが、もしかして何かの参考になるかも?と思ったからです。
あと、たまに、
「何故、インタビュー(ブログ)を始めたんですか?」
と聞かれたりもするので。
さて、本題に入ります。
話は子供の頃に遡ります。
私は幼稚園児の頃、将来の夢がない子供でした。
「大きくなったら何になりたい?」
と聞かれても、何も答えられない子供でした。
今思うに、子供の頃の私には、自分が大人になることがイメージできなかったのかもしれません。
「なんで夢がないのか」
と周りの大人に言われても、戸惑うばかりでした。
そして、私はどうやら子供の頃から、型にはまったことをやるのは苦手で、自分流に創るのが好きだったようです。
例えば、子供の頃から高校生まで習っていたピアノも、
「楽譜通りに弾く」
というのが苦手でした。
そもそも、「音符を読む」という作業が、難しい記号の羅列を読んでいるように思えました。
でも、好きな曲となると、楽譜を見て覚えるというより、音で覚えて、早々に弾けるようになりました。
先生に、いつも練習していかない私が、すぐに弾けるようになっているのに驚かれると、
「だってこの曲は好きなんだもん!」
と返すような、生意気な(笑)子供でした。
なので、楽譜通りの曲を弾くよりも、子供ながら自分で作曲を楽しんでいたりもしました。
子供の作った曲なので、それなりなのですが。
そういえば、ピアノを習い始めてからは、将来の夢は「ピアノの先生になること」と答えていました。
特になりたいとは思っていなかったけれど、そういうことにしておけば親が喜んでくれると思っていたのでしょう。
そんな私が高校生になりました。
通った高校は割と新設校だったこともあり、入学のオリエンテーションで先生が言いました。
「部活動もまだ揃いきっていないから、何か作りたい部があれば、申請してくれ」
私は、これを聞いてピンときました。
「何か新しい部を作ろう!」
自分が作った部が自分が卒業後もずっと活動を続けていくなんて、とっても素晴らしいことに思えたからです。
そんな気持ちだったので、何部を作るのかにはこだわりはありませんでした。
中学生の時の運動部の厳しさ(特に人間関係)にうんざりしていたので、
とにかく楽しみたい!と思っていました。
友達と一緒に思いつくままに申請して、
「うーん、その部を作ったからって、どうするんだ?」
などと言われて却下される、を繰り返しました。
一緒に部作りに取り組んでいた友達の一人が、漫画を描くことが好きでした。
「じゃ、漫画部は?」
と思いつき、申請すると、許可が下りました。
ポスターを描いて、廊下に貼って、部員が集まってきました。
漫画部の始動です!
漫画部の活動といえば、例えば部員が描いた漫画をコピーしてホチキスでとめて月刊誌を作ること。
図書室においてもらっていました。
月刊誌「天つゆ」
誰がこのネーミングをしたのか覚えていませんが。。
また「イキでポップなあなたの”てんつゆ”」ってコピーがなんとも^^;
年に一回、文化祭の時に(ちゃんと印刷屋さんに頼んで)発行した「天ぷら」
みんなで合作もして楽しかったです^^
文化祭ではその他、作品の展示、その場で模写する、などをしていました。
友達が漫画を描いていたから、ということで始めた漫画部でしたが、
部員の中でも私が一番ノッていたように思います。
部活動とは別に、雑誌に投稿もして、ちょっとしたお小遣い稼ぎをしていました。
心の底から、
「漫画家になりたい、漫画家になろう」
と思うようになりました。
この記事を書くにあたって当時描いた漫画を見直していたら……、
赤面するような恥ずかしさに襲われました。
「私、本当に少女漫画な人だったんだなあ」
と思ってしまったというか。
思い出してみると、当時は漫画と並行して、詩も書いていました。
これも、ムズムズするような文字の羅列^^;
恥ずかしながら、当時の漫画原稿です。
これは片思いの相手が、他の人には元気ぶっている姿しか見せないのに、自分には落ち込んだ姿を見せてくれる……、
「なんでおまえにはこんな顔見せちゃうのかな」
と言われて、ふわあっと表情がほころぶという場面です。
『今のところ こんな感じでいい、なんて呟いてみる
春の日に そう こんな優しい春の日に』
なーんちゃって。^^;
もひとつ、
これはありがちな幼なじみとの恋愛物語。
主人公が必死になって、
「あたしね あたしね 今までいろいろあったけどね いろいろ落ち込んだりね いろいろあったけどね
そんな時 いつも××ちゃんがそばにいてくれたでしょう?
これからもね きっと いろんなことあると思うけどね
あたし 一人きりじゃ うまくいろんなこと乗り越えていけないと思うの
あたしね あたし……」
「……おれが ついててやるよ」
「(涙あふれる)……うん」
なーんちゃって。^^;
決して楽しいことばかりではなかった十代の学生時代、
ペンを走らせている間は無になれました。
一作描きながらも、次に描く漫画のストーリーを考えていました。
夢中になれたあの時間に私は救われていたと思います。
「漫画家になる以外に道はない」
くらに思えていました。
ペンを握らない日はありませんでした。
しかし、今、私は漫画家ではありません。
一体、その後、何が起こったのでしょう?
というところで、続きは後日。