ムビラ奏者:実近修平さん

2017年、師匠であるシンボッティさんの初来日ツアーを敢行、
2019年8月下旬から、2度目のシンボッティさん来日ツアーを控えているムビラ奏者の実近修平(さねちか しゅうへい)さんにお話を伺いました。

ムビラとは……、

アフリカ南部に位置するジンバブエのショナ族に、
1000年以上前から伝わり土着信仰の儀式で使われる楽器。
先祖への感謝をささげ、子孫は先祖から生き抜くための智慧や力を受け取るとされる。
シンボッティの師であるBandambiraの流派では、ムビラの機能を「Remind(想起させること)」としている。
各曲に込められたさまざまな教えが、この世界を生き抜くために想起させてゆく。

ムビラ

実近修平さんプロフィール:
山口県徳山市出身。京都在。
アフリカ、ジンバブエのショナ族に太古より伝わる伝統民族楽器ムビラのソロ奏者。
2007年よりショナ族のMbira player & maker の Rinos Mukuwurirwa Simboti に師事。2018年12月現在までに8度、ジンバブエに渡る。総滞在期間は約18ヶ月。2017年に”Rinos Mukuwurirwa Simboti Japan tour 2017”をオーガナイズし奏者として出演する。日本では京都、東京、大阪を中心に演奏活動とムビラの伝統曲伝えることをしている。1350ライブ数を超えながら、年間170回を超えるライブを全国で行っている。
大師匠はMubayaiwa Bandambira。
https://www.facebook.com/shuhei.sanechika

(ちなみに私もムビラを弾く人です、を前提に読んでいただくと、より分かりやすいかと思います)

心臓を包み込むようにでっかい手が入ってきて、その手にやさしくぎゅっとつかまれたような感じだった

あゆむさんと修平さん

――ムビラを始めたきっかけについて。

「当時、シェアハウスの隣の部屋住んでいたあゆむくんという、今では14年くらいやっている(ムビラの)パートナーが弾いてくれたんです。
それまでに、西洋の音階にされたムビラの音は聴いたことがあって、ムビラの音は綺麗なイメージがあったんですが、その時、聴いた音は、すごく気持ち悪かった。
その瞬間、心臓を包み込むようにでっかい手が入ってきて、その手にやさしくぎゅっとつかまれたような感じがあった。
これは一体なんだろうって、思いました。
あゆむは、自己主張したり押し付けたりするタイプではないんですが、シンボッティについては熱く語っていて、『マジですごいから』って。
それがすごいなって思って。主張する人じゃないのに、シンボッティのことになると、ムキになるんだって。それで、(シンボッティって)どんな人なんだろうと思って、あゆむにシンボッティのところに連れて行ってもらいました」

――あゆむさんは、シンボッティさんのところに行ったことがあったんですね。

「そう、あゆむは前にでシンボッティのところに4か月くらい滞在して習っていました。『ジンバブエに行きたい! まずシンボッティのところに行ってみよう』というところから始まりました。2007年のことです」

第一印象は普通のおじさん

シンボッティさんと修平さん

――最初は、「こんにちはー」みたいな感じで訪ねて行ったんですか?

「そうです。あゆむと一緒にシンボッティの家に訪ねていきました。シンボッティが、意識的に初めて会話をしたショナ族の人です。第一印象は普通のおじさんでした。正直に言うと拍子抜けした感じ。でも何か顔を見た時に不思議な感じがしました。今でもはっきり覚えています」

――ムビラを習いに行った感じですか?

「そういうわけではなかったんですが、あゆむの友達ということで、いきなり授業が始まりました。でもムビラの師匠は自分で会いに行って選びたいと思っていた。
シンボッティは、本当に自己主張とか自己顕示欲がない人で、演奏しているところを見せてくれない。曲は教えてくれるけど、『この人は一体なんなんだろう』と思っていました。
最初はムビラがうまいのかどうかも、判別がつかない状態でした」

――演奏を聴かせてもらえなければ、わからないですよね。

「そう。でも接しているうちにだんだんと『どっしりしている人だなあ』と思うようになりました。『今まで会った人たちとは違う』って思った」

――シンボッティさんの家に滞在したんですか?

「ムビラを習い始めた年は、あゆむと一緒に家を借りて住んでいました。その時に大きかったのは、あゆむが一緒にいてくれたこと。
2度目からシンボッティの家に入りました。あの当時であゆむはすでに、日本で10本の指に入るくらいのプレイヤーだと思っていた。当時ムビラを真剣にやっている人は少なかったから。
一緒に習っていたあゆむに対抗心を燃やしていたので、シンボッティから習うことが自然になっていました。あゆむを抜けばすぐにトップになるだろうって。しばらくは打倒あゆむ!ってなってた。合奏も始めたばかりの自分に辛抱強く付き合ってくれていた。シンボッティも彼のことを認めていたというのは、言動からすぐにわかりました」

――いろいろな師匠を見てシンボッティさんに決めたのではなくて、シンボッティさんしか選択肢がなかったという感じだったんですね。

「そう、シンボッティしかなかった。で、2年くらい経ってから有名なジンバブエのムビラプレイヤーにいろいろ会いに行きましたが、まったく興味を持てませんでした。自分が求めているものは、ここにはないって」

2~3年経ってから、自分たちができていないのがわかった

――シンボッティさんの演奏を聴けたのはいつでしたか?

「シンボッティは演奏を聴かせてくれなかったんです。見せたくないって思っているのと、めんどくさいって思っているのが伝わってきて。『俺の音を見ろ』みたいな感じが一切ない。
初めの年8か月くらい滞在して日本に帰る直前に、シンボッティが合奏をしてくれることになったんですが、緊張しすぎて手が震えてほとんど弾けませんでした。
ちゃんとまともにシンボッティのソロを聴いたのはいつだか覚えていないけど、すぐではなかったと思います。
やっと演奏してもらえた時に『なんなんだろう、同じ音なのにこの差は』と思いました。
教えてもらった当初は、そこそこ誉められていました。でも、お客さん期間が終わると誉められなくなりました。
ある程度弾けるようになっているし、合奏もできるし、誉められるし、シンボッティの音を聴いたこともないから自分たちはそれなりにうまいと思っていた。それなりにできていると思っていたのに、できていないというのがシンボッティの演奏を聴いてわかりました」

教えてくれると思っていたけれど、自分でどうにかするしかなかった

――そのことに気づいて、どういうふうに取り組んでいけばいいと思いましたか?

「そう、そこなんです。
うまくなるにはどうしたらいいかと聞いたら『練習をしろ』、どうしたらナイスに弾けるのかと聞いたら『ナイスに弾け』というだけ。
この人(シンボッティ)は、うまく弾けるようになる方法を教えてくれるわけじゃないと気づいて、衝撃でした。トレーニングをしてくれるもんだと思ってたから。
『もっとこういうふうに弾け』とか『右手が』『左手が』とか、ティーチングしてくれるものだと思っていた。それが習うということだと思っていたけど、その点では頼れないと思いました。自分でどうにかするしかない。
それでまずクシャウラ(リードパート)を、シンボッティっぽい間合いにしてみようと、いじくり始めました。でも、自分自身や日本人としての観念とかリズムを通して弾いているので、シンボッティのような軽妙なリズムにならない。
真似て似せて録音したものを聴くと、それっぽい感じにはなっているけれど、どこかにひずみがきている。
どれだけやっても、どこまでやってもうまくやれない。
それが8年くらいは続いて……、ずっと格闘です。
どんな音の並びになったら、シンボッティがイエスと言ってくれるのかというところを、ずっと探している状態です」

――今もそれが続いていますか?

「それが、今年のジンバブエで合格が出るんじゃないかと思ってるんです。(修平さんは、この後ジンバブエに行く)今まで言われてきたことの集積を今の公式に当てはめたら、たぶん今年はいけるだろうという確信が、ほぼあります。それができたら、やっとシンボッティがいうスタートです。赤ちゃんがハイハイを始めるくらいになれる」

ムビラをやっている理由はシンボッティ

――ショナ族の文化に興味がありますか?

「ショナ族の文化に興味はありません。シンボッティに興味があります。ショナ族の文化もすごいとは思うけど、それを言ったら日本文化だってすごいし、ペルーだってエジプトだって、全部の文化が素晴らしい。そういう意味では全部一緒。
ムビラをやっている理由はシンボッティだから。シンボッティがショナ族の文化を超えているとはっきりと感じたから。シンボッティがムビラをやっているから、ムビラをやっています。ムビラは道具なので、美しく弾かなければ意味がない。シンボッティがほかのことをやっていたら、それをやっていたと思います」

――ムビラとの向き合い方について、思うことはありますか?

「それぞれが自分の求めるものに従えばいいと思います。その人が幸せになれるのであれば、それでいい。
ムビラは神聖な存在ではあるけれどツールでしかないから。弾き手がどういうふうに接するかによって変わってきます。愛おしいっていう感覚で弾いていれば間違いなく素晴らしい。
まだやり始めたばかりの中の人にも、すごい人っているんです」

――ムビラ歴には関係ないですよね。長くやっている人が上手とは限らない。

「そうそう」

――その方はどういうところが、すごいんですか?

「一音に込められた熱意。ひとつひとつの音を大切にしているところです。音が鳴っている間(ま)をとても大切にしている。逆にいうと、その気持ちを失ってしまったら、普通の演奏になってしまうと思います」

――ムビラを弾く上で大切なことはなんでしょう?

「速く弾きすぎな人が多いんですよね。
先生からも言われました。『ガチャガチャ速く弾くな』って。もっと落ち着いて、丁寧にゆっくり弾くようにと。
でも速く弾いてしまう理由もわかるんです。みんな焦っているから。今でも自分が丁寧にゆっくりってのを完璧にやるのは難しいと思っています。
速く弾かなくちゃならない理由なんてないのに。ゆっくりと音を味わいながら弾いていていいのに。でもあれは、心が落ち着かない、焦っている心の叫びなんだと思います」

――速く弾いて、トランスになるという考え方もありますよね。

「確かに速く弾いてトランスになることは簡単だと思います。トランスは本人たちがそんな気になったらそうっていうただそれだけ。重要じゃない。
大切だと思っているのは、ソロをしっかり弾いているふたりが、意識を共有すること。
はじめはゆっくりから、確かめるようにやること。それは簡単じゃないです。
そもそも、ソロ自体まともに弾くのが難しいから。
自分のライブに来てくれる人や習いに来る人に言うのは、『ほかの人のライブにも行ってみて』ということ。
習いたい人が違うものを求めているのにその音を習うよりも、最終的なビジョンが共有できる人から習うほうがいいと思うから」

――私もやってきて思うんですが、習い始めて、少しできるようになって少し速く弾けるようになると、うれしいんですよね。それで速く弾いちゃうんですが、それを超えると「そういうものじゃない」と気付くようになる。

「何人かで合奏をする場合は、それぞれの求めているものが違うことがあります。例えば一音一音をバシッと合わせたいのなら、そういう演奏をしたい人同士でやったほうがいいと思います。それをやらないと、自分の弱点が見えないから。
いろいろな価値観があります。速く長く弾いて、そのグルーヴの中に入っていくことに価値がある人たちがいたら、ゆっくりでも音を丁寧に合わせることが大切っていう考え方は間違っていることになってしまう。
今、シンボッティのムビラをやっている人たちは、おそらく最終的に求めているものが似ているんだと思います。自分がその環境の中にいることは、本当に恵まれていることだと思っています」

シンボッティが見ている景色を見たい

――ムビラを通して、何を目指していますか?

「最終的にはシンボッティのパートナーになること。儀式で弾かなくてもいいから、一緒に弾いて、『おれのいる場所まで来たな』って思われるレベルまでは行きたいです」

――そのために得たいものはありますか?

「シンボッティの音の並び。シンボッティの境地。
どの地点から、どんな世界を見ていながら弾いているのかっていうことを知りたいです」

――難しそうですね?

「そうですね。シンボッティの音の並びは難しい。他のムビラ奏者にはない美しさがあるから。他のムビラ奏者の音は何をしているのかがはっきりわかる。一音聴いたら、その人がどれくらいのスペースで弾いているのかがわかります。
多くの人は、すごい狭いエリアで弾いているのを感じます。けれど、シンボッティは地平線まで見えるような広大な土地で弾いている。だから音の並びの感覚が宇宙的なスペースになっている。そういう境涯できちんとした音の並びで弾いてみたい。
シンボッティのオシャレでクールな音の並びというのを目指しています。
その土地に立ってみたい」

――見ている景色が違うのでしょうか?

「見ている景色は、はっきり違うと思います」

――何を見ているんでしょう? 宇宙も見ている? 突きぬけている?

「もちろん宇宙まで突き抜けているけど、大自然の調べかなー。人の喜びや悲しみも含まれているけれど、濁流を感じたり、そよ風を感じたり、葉っぱのきらめきとか。自然なものをすごく感じます。摂理とかそういうの」

――確かに前にライブに行った時に全然違いました。変な言い方になりますけど、単にゆっくり弾いているだけなら、聴いていて退屈で眠くなると思うんです。でも、眠くなるどころか覚醒しました。何がどう違うのか、言葉でうまく表現できないのですが。

既成概念を壊している音だと感じています。自分の偏見に満ちた日常の風景が切り裂かれるというか。
シンボッティは何も求めていないし、何も意図していないし、世界を平和にしようとかも思っていない。ただ大自然って、こういう在り方をしてるよって、こういうふうに宇宙の摂理は動いてるよって、地球ではこういうことが起こってるよって描写しているだけ。目的がないんです」

――何かを伝えなくてはいけないという使命感もない?

「そう、使命感もない。だけど、ムビラの本質は残したいと思っている。
でも焦ってない。その焦ってないのが、本当に意味が分からないんですけど」

――後継者はいるんですか?

「いないです。誰も奥義をもらっていないと思います。奥義というのは、あの境地で弾くという意味ならですけど。どういう景色を見て弾いているのかという」

――後継者になりたいですか?

「なります! 後継者という立場が欲しいわけではなくて、美しさを追求した結果として、それを受け取ったら後継者になるのなら後継者になりたいけれど、別に名前が欲しいわけではないです」

「辞めないでくれ」シンボッティの唯一の頼みでした

――シンボッティさん自身が、後継者が欲しいと思ってはいない?

「奥義を渡して死んでいきたいとは思っているでしょうね。
なんでそう思うかっていうと、あゆむと2人で、ホントに本気で辞めようとした時があるんです。
その時にシンボッティから『頼むから辞めないでくれ』って言われて。それが彼と付き合ってきた13年間の今までで、唯一の頼みだったんです。普段全く頼みごとをしてこない彼が。前回のシンボッティツアーもなんども本当に日本でツアーをしたいですか?って聞いたくらいで、彼から言い出したことじゃない」

――なんで辞めようと思ったんですか?

「こんなに大きな山だとは思っていなかったから。ふたりしていろんなことを話し合い、いろんなことをシンボッティにぶつけてきて、でも全部『違う』って言われて。
そして『違う』と言われることに納得してしまえて。確かに違うって。シンボッティのとは全然違う。
『シンボッティさんの音はシンボッティさんの音、修平君の音は修平君の音でいいじゃない』と言ってくれる人もいます。
同じくらい美しいのだったら、それでもいい。例えばピカソとゴッホの最高傑作同士で、順位つけたいなんて思わないでしょう? どっちもすごいから。
でも、シンボッティの音の方が圧倒的に美しいのに、何故、自分の音がこれでいいと納得できるのか」

――それで辞めたいと思ったけど、とめられた?

「そう、シンボッティからの唯一の頼み。あんなに求めない人が『辞めないでくれ』というのは驚きました。
その時に言われたのは『お前たちは自分を傷つけているのがわかっていないのか』って」

――辞めることで?

「辞めることでというより、『自分たちはうまく弾けない』と言ったこと。
『お前たちは日本でもアメリカに行ってもNO.1だし、ショナ族の中に入れても本当のプレイヤー以外でお前たちに勝てる奴はいないんだぞ』って。
でも自分は、雑魚キャラと比べられたいわけじゃないから、そんなことどうでもいいって。その時に『シンボッティ、あんたと比べたいんだ!!』って返したら、『それは無理だ。オリジナル(現地の本当の演奏)とは比べられない』って言われました。ほらみろ自分の演奏は全然美しくないじゃないか。それに対して腹がたってる。
『なんで自分の演奏に自信を持たないんだ』って言われて、だって、こんなに差があるのに、自信が持てるわけないじゃないかって。
『とにかくお前たちは自分を傷つけているから、頭を冷やせ』と言われました。それが始めてから7年目、あゆむが9年目の時でした」

――頼まれて「続けよう」と思いましたか?

「いや、あゆむはもうそのまま辞めようとしてた。結局、今も続けてるけど。
自分はもう少しだけやろうかなという気持ちでいた」

――そこまで認めてもらえていたのに。

「でも”一番”って言われても、全然すごくないのに、どうでもいいっていうか。
ムビラを弾けていないっていう自覚があったから」

――ある程度できればいいではなくて、師匠と同じくらいを目指しているのに届かないもどかしさですか……。

「こんなに高いとは思っていなかった。
7年本気でやって、1ミリも成長していない、1ミリもパンチは当たらないとは思わなかった。少しは当たるだろうと思っていたのにっていう、激しい苛立ちですよね。10年やっても、届かなかったわけだから。自分の性格上負けたら悔しくて起き上がる性質だけど、その時ばっかりは絶望してた」

――難しいですね。私の場合は、例え一生全力で取り組んでも届かないって思っています。

「目指しているところがそれぞれ違うから、それはそれでいいと思います。みんなが同じところを目指す必要はないし。自分の場合は良くも悪くも執着心」

――一生かけても届かないとは思うけれど、わかりたいと思う気持ちは忘れたくないです。

「挑戦したいなら、ぜひ!」

――”楽しければそれでいい”も違うかな。だって、楽しくないことも(笑)

「もちろん、楽しいことばかりではないし。それでも弾かずにはいられないっていう気持ちが貴重なこと。それが自分の心に宿っているって、素晴らしいこと」

前回(2017年)のツアーを超えたい

――ツアーへの想いを聞かせていただけますか?

「前回のツアーを超えます。
まず演奏のクオリティ。聴いてくれる人の意識がより速やかに確かに一致すること。日常ではない意識の中で生まれてく団結力、それによる意識の変容。それが起こり得る演奏をしたい。
もちろんたくさんの人たちに来てもらえること。シンボッティが無事に帰ること。アフリカからお借りしているという意識があるので」

――ツアーはいつからの予定ですか?

「今のところの予定では、8月23日から11月20日。多少前後するかもしれません」

――楽しみですね! 追っかけ取材やります。

「楽しみです! 最終的にはどんなスピリッツ(先祖の霊)が降りてくるか、かな」

(2019年2月10日)

*****

今年のツアーで販売されるアルバムも完成!

ツアーの様子も追いかけます!

今回はどんな音に出会えるのか、音との出会いで自分の中に何が起こるのか。

きっと心地よい体験になりますよー。

お楽しみに!

twitter

あなたの”一生懸命”を応援します☆
複数ブログ運営中!更新報告はtwitterから!フォローお願いします!

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする