チベット支援「ニマの会」 山口さん

チベット支援「ニマの会」の活動について、お話を伺いました

「ニマの会」ホームページ:http://amba.to/qgXypO

*はじめに*
“チベット”について簡単にご紹介します。
チベットはかつて独立国でしたが、現在は中国の一部になっています。
何故このようなことになっているのか、その経緯ですが、
第二次大戦が終わった直後(1949年)、日本との戦いで疲弊していた国民党を追い出し、共産党の指導者、毛沢東は中華人民共和国の建国宣言をしました。
同年、人民解放軍は、農奴解放を名目にチベットへ侵攻。
たいした軍備を持っていなかったチベットは侵略者を追い出すことができず、北京政府はチベットに十七条協定を押し付け承認させました。
国を失い、中国の支配を受けることになったチベットの人々への扱いは凄惨を極めました。
1949年~1979年の間に刑務所や強制収容所で120万人以上が死亡。これはチベット人口の約5分の1。
チベットを独立国と認め、いくつもの条約を交わしていたインド、イギリス、国際連合もチベットを見捨てました。中国が国際連合加盟国だということもあります。
大東亜戦争開戦前、経済封鎖に苦しめられる日本に、チベットはアメリカ向けだった羊毛を送ってくれました。
チベットの現在の苦境の遠因には、親日的中立をとって「準敗戦国」になってしまったこともあるのです。

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地図で「チベット」という国はどこにもなかった

――最初にお聞きしたいのは、チベットはかつて本当に独立国家だったのでしょうか?

山口さん(以下、Y):はい。確かに独立国家でした。9世紀には唐とチベットの間で国境設定の条約が結ばれています。近世になってチベットの独立をはっきりと承認していたのはインドだけですが、多くの国がチベットを独立国家だとみなしていました。だからこそ1900年代初めにはモンゴルやイギリスがチベットと条約を結びました。条約は国家と国家との約束です。また日中戦争中、中国がチベットに派兵を要請したり戦争に協力するよう呼びかけたりした事実はありません。


ダラムサラ

――では、チベットを知ったきっかけについてお聞きしたいのですが。

Y:今から10年ほど前、北インドのダラムサラという小さな町に観光がてらに行ってみたのがきっかけです。デリーから高速バスで10時間。意外と簡単に行けます。
その時はダライ・ラマがどのようなお立場の方かもチベット問題が何であるかも分からず、また「チベット」という国がこの世に存在すると信じていました。
チベット亡命政府があるダラムサラは当然右も左もチベット人だらけです。
なんでインドなのにチベット人がこんなにいるのだろう……?
まわりにいるチベット人に聞いてみました。
「あなたはどこから来たの?」
「チベット」
「どうやって来たの?」
「山を越えてきた」
といまいち要領を得ない返答です。
二人のチベット人僧侶と仲良くなり、半日かけて町を案内してもらいました。一人はなんと日本に留学経験があり、意思疎通は日本語でできました。なんでも日本語を喋れるお坊様はインド生まれで家族もインドにいて、もう一人の方は幼いころに親と離れてチベットからやってきたそうです。そもそも子供がチベットから来られるのだろうか……?
とにかく分からないことだらけでした。
帰国後、地図で「チベット」を探してみたけれど、あるのは「チベット高原」と「チベット自治区」のみ。チベットと言う国はどこにもないのです。
また図書館でチベットの文献を探そうにも「チベット密教」や「チベット死者の書」「チベット文化」の本ばかりです。唯一私の疑問に答えてくれそうなのが、チベット僧、パルデン・ギャッツオ師の『雪の下の炎』でした。


パルデン・ギャッツオ師
『雪の下の炎』はドキュメンタリー映画にもなっています。
http://www.uplink.co.jp/fireunderthesnow/

『雪の下の炎』を読んでみて本当に驚きました。
チベットという国は50年前に中国に侵略されて併合されており、この世にはもう存在しないのです。今あるのは中華人民共和国内の一自治区に過ぎません。またチベット自治区と呼ばれている場所も旧チベット領の半分の面積なのです。
パルデン師は28歳の時デモに参加しただけで8年の刑を言い渡されます。刑期満了時に今度は労働キャンプに送られます。いくつもの労働キャンプをたらいまわしにされた後、出獄したのが60歳過ぎ。33年間も獄につながれていた事になります。
獄中でも数年間は後手に手かせをはめられ(食事と排便は囚人仲間に助けてもらった)、口の中に電気の棒を差し込まれ、全ての歯を失うという拷問も受けています。
これが「本当のチベット」だったのか……、
マントラだの、ヒマラヤ文化だの、山岳民族の明るい笑顔だの、そんな「観光用のチベット」はメディアを通じて刷り込まれた幻像でした。
またダラムサラにいた多くのチベット人達、あの人たちは中国政府からの迫害を逃れて命がけで冬のヒマラヤを越えてきた難民だったのです。


茶線内が旧チベット領。

自分が知っていることを日本のみんなにも知ってほしい

――チベット支援をしようと思ったのは、何故でしょうか?

Y:10年前の私はチベット支援をどのようにやって良いのかも分からず、また学校教育では「日本は加害者、中国は被害者」と教えられていましたので、加害者たるこちら側が被害者たる中国を批判する権利などないと思っていました。
言葉は悪いけれど、チベット問題は見て見ぬ振り。その後も北インド中心にインド旅行を続け、チベット文化だけを楽しんでいました。
そんな中2008年、北京オリンピックを前にして、ラサでのチベット人による大規模な抗議、そしてそれに対する中国政府からの弾圧がおきました。チベット人が百人以上殺されたとの情報もあります。
私は多くのチベット人がインドに亡命しているのを知っている、現に親と離れて亡命して来た人とも会っている、それなのに黙っていて良いのだろうか……。
自分が知っていることを日本のみんなにも知ってほしい、こっちが加害者だろうが中国が被害者だろうがチベット人には関係ない。そんな気持ちでチベット支援を始めました。

「ニマ」とはチベット語で太陽とか日曜日という意味

――そして「ニマの会」を立ち上げたのですね。“ニマ”とはどういう意味ですか?

Y:チベットの政治的な側面を取り上げる支援団体を作ろうと思いました。
「ニマ」とはチベット語で太陽とか日曜日という意味があります。また世界一幼い政治犯と言われ、わずか6歳で中国当局から拉致、拘束され22歳になった今もいまだに消息がつかめないパンチェンラマ11世の幼名でもあります。
ですので「ニマの会」は政治犯救済に特化した団体でありたいと思っています。


ダライ・ラマ法王が第11世パンチェン・ラマに認定したゲンドゥン・チューキ・ニマ少年。認定発表の日から3日後、中国政府に拉致されて行方不明。なお中国政府が認定したパンチェンラマ11世は他にいます。

より多くの人にチベットの現実を知ってもらうことが今後の課題

――具体的にはどのような活動をなさっていますか?

Y:(東京都)文京区内で上映施設があるジャズ喫茶『映画館』で初めての上映会をやったのが2010年でした。

実は一人でも多くの方に観ていただきたい映像がありました。
「Jigdrel(ジグデル)-LEAVING FEAR BEHIND恐怖を乗り越えて」は、チベット人映画監督・トンドゥプ・ワンチェンが作成したドキュメンタリー・フィルムです。チベットに住む100人以上のチベット人の生の声、たとえば北京オリンピックに対してどう感じているのか、置かれている政治的状況をどのように考えているのか、ダライ・ラマへの思い、強制移住や中国政府による資源収奪の実態、教育・文化面での抑圧など、を極秘に取材し、取材したVTRです。

ダイジェストはこちらでご覧になれます。
http://www.youtube.com/watch?v=kiD3EqVJX-I
日本語および英語の字幕がつき、25分のネットムービーとして視聴されています。また世界30カ国でも上映されています。実は北京でも上映会が試みられましたが、数分上映された所で中国当局に踏み込まれ上映会は散会させられました。監督のトンドゥプ・ワンチェンは祖国分裂罪の罪名で懲役6年に処せられています。


トンドゥプ・ワンチェン。青海省西寧刑務所に服役中。ヨーロッパを中心に釈放嘆願運動が起こっています。

これは是非多くの方たちにも観て頂かなくては。つても紹介もない状態で『映画館』さんに飛び込み、上映会のお願いをしました。多くのお客様をお迎えしたく1000枚のカラーチラシを配布しました。当日は定員35人を越えるお客様がいらっしゃり、立ち見も出て、それでも入りきれないお客様は入場をお断りしました。

――お客様の反応はどうでしたか?

Y:アンケートの意見欄は「チベットで何かが起こっていることはわかっていたがここまでひどい弾圧がなされているとは思わなかった」「テレビでも放映して欲しい」「教えてくれてありがとう」。またチベット語の勉強をなさっている大学院生の方は「上映会に来るような人はチベットのことは大方知っている。より多くの人にチベットの現実を知ってもらうことが今後の課題だ」と書いてくださいました。
お客様にはトンドゥプ・ワンチェンへの励ましの手紙を書いていただき、原本は彼が収監されている西寧刑務所に、コピーは署名していただいた方の住所や姓は消して、12月2日のノーベル平和賞授賞式の日に中国大使館に持って行きました。大使館前で「フリーチベット!」と7秒間叫んだらおまわりさんがすっ飛んできて、合計12人のおまわりさんに囲まれました。大使館前で抗議したいときはあらかじめ麻布警察に連絡しておかなくてはならなかったそうです。なお警官から名前ぐらいは聞かれましたが、そんなに威圧的な扱いは受けなかったです。

チベット人は他力本願な民族ではありません。自分たちで頑張っているからこそ支援したいのです。

――今でも度々インドのチベット難民キャンプに行って、チベット難民に実際に会っているのでしょうか?

Y:はい。チベット人の本当の気持ちは何なんだろう……。いつも疑問があります。だからこそ年に一度インドに出かけてチベット難民と触れ合う必要があるのです。私のインド渡航も13回を数えました。チベット人が多くいるのは北インドでは冒頭に申し上げたダラムサラ、紅茶で有名なダージリン、マナリー、勿論デリーにもチベットコミュニティがあります。また南インドのバイラクッペ、ムンゴットもチベット難民キャンプがあります。
チベット内では多くの寺院が取り壊され、僧侶達は還俗させられ、残った寺院も中国政府の監視が付き、もはや寺院が本来の教育機関としての機能を果たしていません。インドに亡命していた僧侶達が南インドで寺院を再建し、多くの僧侶達が修行に励んでいます。


南インド・ムンゴットで再建されたガンデン寺

「なんだ、そんなに貧しくないじゃないか」
難民キャンプを訪れる多くの方がこんな印象を持つようです。
寺院はかなり立派なつくりをしていますし、チベット人達の身なりもきちんとしています。英語も話せます。それは世界中に散らばったチベット難民が亡命政府に税金を払って亡命政府およびチベット人コミュニティーを支えているからです。
またチベット難民の子供たちが学ぶTCV(Tibet Children village)と呼ばれる学校はインド政府の支援の下、英語、チベット語、ヒンディー語で授業が行われていて、世界中どこにいても生きていけるような教育がなされています。モットーは「Another before me」、自分のことよりも他人のことを先にしなさい、です。
難民というと、国連やNGO団体の援助を口を開けて待っているだけとのイメージがありますが、チベット人はそんな他力本願な民族ではありません。自分達でできることは自分達でやります。インドでの就職は難しいので自分で起業します。チャンスがあればインドの外にも出て行きます。自分たちで頑張っているからこそ支援したいのです。


南インド・バイラクッペのTCV。授業の前にお邪魔しました。


同じくバイラクッペ。授業の合間の若い僧侶たち


ムンゴットにて。中国の弾圧に抗議して断食する僧侶達


同じく断食中の僧侶。国連(UNO)の審判を求めるプラカード。なお中国は国連の調査を受け入れていません。

――チベット本土にはいらっしゃらないのですか?

Y:本音を言えばチベット本土に渡って現状を見る必要があります。でもここまで政治的な側面でチベット支援している私がチベットに入れるか疑問です。もっともチベット内では個人旅行は許されず、あらかじめ中国人ガイドと中国人運転手を手配しなければチベットに入域できないので、果たしてどこまで現状を見れるのか……。
なお「旧チベット領」のチベット人は600万人、漢民族その他は750万人です。チベット内でもチベット人は本当の意味で少数派になってしまいました。中国政府は人口爆発のはけ口をチベットに求め、漢民族の移住を推奨しつづけた結果です。

あくまで主役はチベット人ですのでチベット人に合わせます

――チベット支援は、独立支援ということでなさっているのでしょうか?

Y:非常に難しい質問です。ダライ・ラマは独立を主張せず中道を説いていらっしゃいます。ただ最近、チベット内のチベット人が「チベット独立」を叫んで逮捕される事件が多く起こっています。また難民の中にも「独立」を口にする人たちもいます。
チベット人に「独立」の気持ちがあるのならば、支援する側も心の片隅に「独立」を置いて支援したいです。しかしあくまで主役はチベット人ですのでチベット人に合わせます。

最近は「真実を知りたがっている日本人のため」にやっていると割り切っている

――チベット支援はチベット人のためにやっているのでしょうか? それとも他に目的があるのでしょうか?

Y:これも難しい質問です。最近は「真実を知りたがっている日本人のため」にやっていると割り切っています。
チベットの情報は日本には殆ど入ってきません。何かの報道規制でもあるのかと疑いたくなるくらい。でも日本人の多くは知りたがっているのです。遠いアフリカではなく隣の国でひとつの国が滅びようとしているのです。「何が起こっているのか知りたい」との気持ちに応えるつもりで支援活動をしています。しかし、日本人に知ってもらうと政治犯釈放運動や中国政府への抗議活動が起こりますから、結果として政治犯釈放に繋がりチベットの為になります。

(2011年10月11日)

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「チベット問題」を知らない、という方も多いのではないでしょうか。

ニマの会ではチベットを知るイベントも企画しています。
ぜひ、ご自身で見て、感じて、考えて頂けたらと思います。

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