ムビラ・プレイヤー SUMIさん

ムビラ・プレイヤーのSUMIさんにお話を伺いました。
今回はロング・インタビューになっています。

ムビラ。ジンバブエの伝統楽器。

ムビラ・プレイヤーのガリカイさんを師匠とし、ガリカイ・スタイルの演奏をしているSUMIさんですが、
今回は主に2010年3月に亡くなったルケン・パシパミレさんの思い出について語って頂きました。
パシパミレさんは2009年に来日し、素晴らしい演奏を披露してくださいました。


ルケン・パシパミレさん

ホームページ
http://www.mbira.jeez.jp/

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SUMIさん

自分にも出来ることがあると教えられた気がした

――ムビラとの出会いは、いつ、どんな感じだったのですか?

SUMIさん(以下、S):2007年2月、ちょうど迷っている時期でした。
当時は海外を旅している途中だったんですが、周りに、特に貧困な国の人、子供たちにすごく助けられていたんです。
例えば僕が貧困な国に生まれていて、裕福な国から来た旅行者を見たら、多少ひねくれた心が芽生えると思うんですが、そういうことを全然見せずに助けてくれるんです。
「おなかすいてるのか?」
って声をかけてくれて、ご飯に誘ってくれてタダで食べさせてくれたり。そんなふうに世界の人たちにいろいろと優しくしてもらって、でも彼らは貧困の中で病気で亡くなったりして苦しんでいる、与えられるだけで、自分は彼らに何にもしてあげられないのか、と悶々と考えていたんです。
そんな時、イエメンでムビラを持っている日本人の旅行者と出会いました。その音に惹かれて話を聞くと、ムビラはジンバブエの楽器で、ガリカイさんというプレイヤーがいる、彼は生活が苦しいから、出来れば助けてあげて欲しいと言われたんです。
その時にガツンと、意識改革が起こりました。自分はこれからの人生でムビラを演奏していく、ガリカイさんの生活を助けていくんだって。
自分にも出来ることがあると教えられた気がしたんです。自分みたいな力がない人間でも、人を助けることが出来るかもしれない、それが自分がこれから生きていく道なんだと思いました。自分はムビラを一生やっていくだろう、同時に師匠はガリカイさん以外に考えられないと思いました。

――そこから真っ直ぐにジンバブエのガリカイさんの家を目指したんですか?

S:そうです。アフリカ大陸にはソマリアから入って、どんどん南下してジンバブエに行きました。ガリカイさんの家では、初対面の僕を家族のように迎え入れてくれました。


ガリカイさん(奥)

宿で親しくなったムビラ・プレイヤーが、パシパミレさんを紹介してくれた

――ガリカイさんの家で暮らしながら、ガリカイさんを師匠としてムビラを習っていたんですよね。そんな中で、もう一人の師匠のパシパミレさんとはどのように知り合ったのでしょう?

S:実はジンバブエに入った途端に強盗に遭ったんです。バス停から宿に向かう途中のことでしたが、所持金を盗られ、血を流しながら雨でずぶ濡れになった状態で旅行者がよく利用する宿にたどり着きました。
その姿を見て、当然、宿の人も驚いたんですが、ちょうどその時、宿泊していた二人の日本人が傷の手当てをしてくれたり優しくしてくれたりしたんです。そのうちの一人がパシパミレさんを師匠としているムビラ・プレイヤーでした。
僕は宿には数日泊まって、その後ガリカイさんの家で暮らし始めたんですが、宿で親しくなったムビラ・プレイヤーが「他の先生に習ってみるのもいいんじゃない?」と言って、パシパミレさんを紹介してくれたんです。
ガリカイさんの家からバスと歩きで、二時間くらいかけてパシパミレさんの家に行きました。
ガリカイさんからいくつかのムビラのフレーズを習っていたのでそれを弾いてみせたのですが、
「自分たちのスタイルではそれは違う」
って。ムビラって師匠によって演奏の仕方……、スタイルが違うんです。例えばムビラはチューニングによって種類が分かれているのですが、パシパミレ・スタイルでは2種類のムビラを使い、ガリカイ・スタイルでは7種類のムビラを使うんです。所謂、流派というのがあるんですね。
それから二時間くらい、自分のところで習うようにと勧誘されました。彼は勧誘上手なんです。ヨーロッパツアーで成功した経験もあるし、ジンバブエの大学でムビラを教えていた経験もあるので誇りもあるし、自信もあったんだと思います。
僕はガリカイさんに習いたいし、そのつもりでジンバブエに来たんだからという気持ちは変わらなかったんですが、
「初めなんだから、まず基礎を知らなければいけない。それを私が教えるから」
と言われて、それも一理あるな、と思ったんです。それで、ガリカイさんに習いながら、週に一度くらいの割合でパシパミレさんに習うことにしました。

――二時間かけて行ってレッスンを受けて、二時間かけて帰ってきたら一日がかりですね。

S:昼前に出て、夕方に帰ってくるという、パシパミレさんのレッスンのある日は一日をそのために費やすという感じでした。
その時は3か月くらいしかジンバブエに滞在しなかったので、それほど多くを学べたわけではなかったんですが、パシパミレさんから教えられたことで覚えているのは、
「ムビラは一人で弾くものではない、自分とムビラ、二人で演奏するものだ」
ということです。

――他のプレイヤーとではなくて、楽器との合奏ですか?

S:そう、自分とムビラが離れていてはダメで、ムビラを人間の家族のように思い、二人で弾くのがムビラなんだ、って。

――ひとつひとつのムビラに対して、人間に接するようにしている?

S:そうです。ムビラと自分と二人だから、決して一人で弾いているわけではない、例えソロで弾いているとしても二人で弾いているというのがムビラなんだっていうことと、あとはパフォーマンスする時には必ず前を見ろと教えられました。下を見るな、と。

――手元を確認してはいけないということですか?

S:そう、観客を見なさい、と。
それとムビラってフレーズがループしていくんですが、ひとつのフレーズが終わった時に、終わった感じになるなと教えられました。ずっと続いていくんだから、そこで終わりではないんだからと。
パシパミレさんは本当に教え上手なんです。誉めて伸ばすタイプで。
「本当に覚えるのが早いな」
とか、歌ったら奥さんを呼んで、
「今の声聴いたか? 素晴らしい声だ!」
とか。とても感情をこめて誉めてくれるんです。ひとつだけ忘れられないフレーズがあって、今でもその響きが記憶に残っているんですが、「ダンデ」という曲をパシパミレさんと一緒に弾いて終わった時に、
“You see SUMI? nice one”って、その“nice one”が、優しくて包み込むような感じで。カセットテープにその時の様子を録音していたんですけど、カセットテープがどこにいったのかわからなくなってしまいました。

――無くしてしまったんですか?

S:無くしたのか、その時はパシパミレさんが存命の時だったので捨ててしまったのか。今になってみると、とっておけばよかったなって思うんですけど。
パシパミレさんは普段は無表情で近寄りがたいんですが、仲のいい生徒と話す時はいきなり表情が変わって、大きな鼻の穴をもっと大きくして、すごく楽しそうな表情をするんです。
レッスンが終わると、また無表情になって外のライムの木のところに行って実を棒で突くんですよ。
「どれが欲しい?」
って聞かれて、
「あれとあれ」
って答えると、
「中々とれない」
と言いながらも、棒で突いて落としてくれて、それを2、3個もらって帰るっていう感じでした。

――レッスン料を払ってレッスンを受けるというシステムですか?

S:そうです。一時間でいくら、延長する場合はその分払うという。

――そういうところはアバウトではなくてシビアなんですね。

S:お金に関してはシビアですね。それは教え慣れているというのもあったと思います。
ガリカイさんとパシパミレさんの違いというのは、パシパミレさんは先生をやっていた、ガリカイさんは生粋のミュージシャンであるというところだと思います。パシパミレさんはちゃんと教えてくれる、ガリカイさんは教えるというより「見て覚えなさい」というタイプです。

――ガリカイさんは勧誘もしなくて「習いたいんだったら習えばいいし、やめたいんだったらやめたらいいよ」って感じなんですか?

S:まあ、やめるって言ったら寂しがるとは思いますが。

――「やめます」って言ったら引き留められると思いますか?

S:いや、引き留めないでしょうね。「OK…」って言って落ち込んだ顔をする。笑

――ガリカイさんは、1レッスンいくらって決まっているんですか?

S:決まってないです。他の人は決まっているかもしれませんが、僕は家族みたいに生活しているので空いている時間に教えてもらっていますが、他の人は払っているのかもしれませんね。僕はその分、生活費をサポートしているっていうのがあるんですが。

――1泊いくらという感じなんですか?

S:そういう感じでもなく、お金がなくなったら「今日のご飯代出してくれないか」って言ってきます。
ガリカイさん自身が1泊いくらみたいに計算するのが好きじゃないんだと思うんです。家族のように暮らしていて、お金が無くなったらお金がある人が出せばいいじゃない、みたいな。

――お金儲けには興味がないんでしょうか? 生徒を増やして一人いくらで、と計算しているわけでもなく、無ければ無いで誰かが出せばいいというような?

S:そうなんでしょうね。

――根っからのアーティストというか、商業的ではないんですね。

S:商業的ではないですね。でも音楽に対してはプライドがあるので、音楽に関しては譲らないですね。

2つのスタイルでやっていると、上達するのに時間がかかってしまうと気付いた

S:そんな感じでその時ジンバブエにいた3か月間はガリカイさんのところに滞在しながら、週一回パシパミレさんに習うということをしていました。
日本に帰ってきたら、ガリカイ・スタイルを教えている人がいなくて、日本ではパシパミレ・スタイルを学んでいました。音の組み合わせ方、リズムの取り方など、ガリカイ・スタイルだけでは理解するのに時間がかかったかもしれないので、早く理解できたのは、パシパミレ・スタイルも習っていたおかげかなと思いました。
そこでもいろいろ学ぶことができたんですが、途中で気づいたんです。2つのスタイルでやっていると、どちらかがおろそかになってしまう、上達するのに時間がかかってしまうと。
次にジンバブエに行ったのは1年後の2008年4月でしたが、その時には自分のスタイルをガリカイ・スタイルに絞ろうと決めていました。
それでパシパミレさんに挨拶に行き、ガリカイ・スタイルに絞るという話をしたんです。議論は2、3時間続きました。ずっと「やめたい」「どうして」というような応酬でした。最終的には僕の気持ちをわかってくれたんですが。

――何故、そこまで引き留めたのでしょう? 日本人だからでしょうか? それとも人間性に好意を持ってくれていたからでしょうか?

S:わかりませんが、たぶん両方だと思います。

――パシパミレさんは「2つのスタイルを習っていればいいじゃないか」という感じだったんですか? それとも「自分の方に絞ってほしい」と思っていたんですか?

S:2つのスタイルをやっていればいいじゃないか、でしたね。本心は自分のところに来てほしかったんだと思いますが、それを言うと拒絶反応を示すだろうなというのがわかっていたので、両方やっていればいいじゃないか、ということを言っていました。

――でもプレイヤーだったら、2つのスタイルでやっているのはよくないってわかっていると思うんですが、だとすると、最終的には自分の方に引っ張ろうと考えていたんでしょうか。

S:そうだと思います。最終的には自分の方に来てほしいと思っていたのでしょう。
パシパミレさんのレッスンを断ったので、その時の滞在時はガリカイ・スタイルに絞ってムビラの練習をして、7か月間、ジンバブエに滞在しました。
ムビラは結構流派争いがあるんです。師匠同士が一緒にいる時は、そんなにあからさまに表に出さないんですが、心の中では自分のスタイルが一番だと思ってる。

――違う流派の師匠同士が一緒に演奏したりはしないんですか?

S:しないですね。それぞれプライドがあるので。
でも同じ音楽同士なので、それをあまり強調するのはよくない傾向だと思うんですが。
ガリカイさんはプライドはあるんですが、僕が日本で他のスタイルの人と合わせて演奏していることについては何も言わないです。

――思っているけど言わないんでしょうか?

S:何も思ってないと思います。あんまり考えてない。ただスタイルに対してのプライドはあります。でもパシパミレさんの方が、絶対他を認めないようなところがありました。
例えばガリカイさんの息子のトンデライ(現在日本でムビラ・プレイヤー、講師として活動中)とすれ違っても無視したり。

ムビラ・プレイヤーとして大切なものを、魂を削ってまで伝えようとしてくれた

S:僕はジンバブエでの滞在を終えて2008年11月に日本に帰ってきたんですが、2009年にパシパミレさんが来日して全国を回ることになりました。大きなイベントとしては4月に横浜で「ムビラサミット」があり、パシパミレさんがそれに出演したんです。
ライブ当日、リハーサルのために僕とトンデライが会場に入っていったら、パシパミレさんが端の席に一人で座っていました。

――大物の出演者だったのに一人だったんですか?

S:そう、難しいような顔をして座っていました。あまり身体の調子が良くなくて、何年か前に生死の境をさまようようなことも体験していたので酒もあまり飲まなかったんですがワインが好きで、その時はワイングラスが目の前に置いてありました。

――久しぶりの再会だったんですか?

S:そうです。先ほど、2008年の4月にガリカイ・スタイルに絞るとパシパミレさんに告げて2、3時間議論をした話をしたと思いますが、その時に「また挨拶に来るよ」とパシパミレさんに言ってたんですが、結局挨拶しないで帰国してきてしまったんです。なので、2008年4月以来の2009年4月の再会でした。
難しい顔をしていたパシパミレさんがこっちを見るなり満面の笑みを浮かべて、
「SUMI! Why you don’t come again?(何故、挨拶に来なかったんだ?)」って。

――約束を覚えていたんですね。

S:「すみません、でも今日は一緒のイベントで演奏できますから」って。
それから後ろにいたトンデライに、いきなり、―長老とか族長とかに向かってする尊敬表現で、手を打ち合わせて「チャンガミレ」と言いながら話しかける表現があるんですが―トンデライに向かってその尊敬表現をして、その後ショナ語(ジンバブエのショナ族の言葉)で和やかに会話をしていました。

――それは何を話していたのかわからなかったですか?

S:わかりませんでした。でもその後、席に戻る時にトンデライが、
「驚いた。パシパミレが自分にあんな態度を示すなんて」
と言っていました。

――以前は、すれ違っても無視されたのに。

S:そう、前は仲が悪かったのに。
それから演奏が始まって、僕とトンデライの出演が3番目くらいだったんですが、3曲演奏した2曲目で、いきなり席から立ち上がって出てきた人がいたんです。それがパシパミレさんでした。一人で僕らの演奏に合わせて踊りだしてくれたんです。
ガリカイ・スタイルを認めてくれていないと思っていたのに踊ってくれている、ガリカイ・スタイルを選んだ自分を許していないと思っていたけれど、そうじゃないのかなと思い、同時に僕の生き方を認めてくれているんだと思って、すごくありがたくて、嬉しかったです。

ムビラサミットの最後が、パシパミレさんと他のプレイヤーとの合奏だったんですが、僕は客席でずっとパシパミレさんを見ていました。
すごく嬉しそうに楽しそうにニコニコして演奏していたんですが、だんだんと「伝えよう」としている気持ちが伝わってきたんです。何かを伝えようとしている強くて大きいんだけど、儚い波長を感じて、“この人、自分の魂を削ってまで何かを伝えようとしているんじゃないか”って思ったんです。
本人はニコニコしながら、汗を流しながら演奏しているんですが、彼は体調も良くないし、「また日本に来たい」と言うかもしれないけれど、たぶん日本でのパフォーマンスはこれが最後になるだろう、だから必死に伝えようとしているのかなとも思って、そんなことを考えていたら涙が出てきて、そのうち大泣きになってきちゃって、みんな踊って楽しんでいるんだけど、そんな余裕もなくて。
彼は何かを伝えようとしているんだけど、自分はまだムビラを始めたばかりでそれを受け取れるほどの大きな器もなくて、受け取ろうとしているんですがボロボロと器からこぼれ落ちてしまって、ムビラ・プレイヤーとして大切なものを、魂を削ってまで伝えようとしてくれているのに申し訳ない、でもありがとうと思いながら聴いていました。

――ソロの演奏はなかったですよね。パシパミレさんの音だけが際立って聴こえたんですか? それとも合奏の音が素晴らしかった?

S:一言でいうなら「雰囲気」ですね。今一番思い出せるのは嬉しそうな歌声です。

――誰に伝えたかったんでしょう? 日本のそこにいたみんなに? それともムビラのプレイヤーたちにでしょうか?

S:僕が感じ取ったのは、まずは日本で活躍しているムビラ・プレイヤー、そして聴いてくれているみんなに。もっともっとこれを広めてくれ、そのための種を撒くというか、そういうことだったのではないかと。でもこれは本人ではないのでわからないですが。

――ムビラの精神を伝えたかったんでしょうか、それとも自分のことを伝えたかったんでしょうか?

S:魂じゃないでしょうか。

――ムビラ・プレイヤーとしての? それとも自分の生き様のようなもの?

S:生き様はムビラの演奏に表れる、その生きていく上で大切な魂。人が生きていく上で大切な魂を分け与えて、聴いている人たちに渡すというか。

――今、思ったんですが、以前は流派の違いから認めていなかった、すれ違っても無視するくらいだったトンデライさんを、その時は受け入れてくれたんですよね。つまり「許す」というか「許容する」ということ、それも伝えたかった魂の中にはあったのではないでしょうか。

S:それもあったのかもしれませんね。

――日本に来たことは、パシパミレさんにとって楽しい経験になったと思いますか?

S:彼には自分が死んだ後に残るものが必要という気持ちがありました。だから自分の教本が出来た時も喜んでいたし、生きているうちに出来るだけのことをしたいという気持ちがあったと思うので、日本に来られたことは嬉しかったんじゃないかと思います。

忘れられないのは笑顔です。ニコッと笑って“You see? SUMI”って

S:そんな感じでパシパミレさんの日本ツアーは終わって、次にパシパミレさんに会ったのはその7ヵ月後の2009年の11月に僕がジンバブエに行った時でした。彼の家に挨拶に行って、またちょっと勧誘されて、その後、一緒に日本でのムビラサミットのライブの様子を撮影したビデオを観ました。

――撮っていた方がいたんですね。

S:そう、そのビデオをパシパミレさんが持っていて、ビデオを観ながらパシパミレさんが「SUMI、1つSUMIにアドバイスだ。演奏中は前を向かないと駄目だ」と僕に言ったのですが、ビデオを観ていたら彼も演奏しながら下を見ていることが多かったんです。一緒に観ながらパシパミレさんが戸惑っている雰囲気が伝わってきて、それがおもしろくて。
その時は3カ月くらいジンバブエにいて、帰国する時に挨拶に行ったんですが留守で、後から電話がかかってきたんです。「家にいなくてすまなかった」って言ってきて、その後“Please say hello to your father and mother(君のお父さんとお母さんに、私がよろしく言っていたと伝えてくれ)”と。
ジンバブエの滞在を終えた僕は2010年の2月に日本に帰ってきました。パシパミレさんはその年の3月に亡くなりました。

――パシパミレさんが亡くなった日、SUMIさんは日本でライブをしていたんですよね。

S:そうです。あの時は背中が痛くて、疲れてもいないのになんでだろうって思いながらライブをして、その翌朝、トンデライから電話がかかってきて、「パシパミレさんが亡くなった」と。

――背中の痛みはご挨拶に来たのかもしれませんね? 亡くなった原因はわかっているんですか?

S:彼は目を患っていて、病名はわからなかったみたいですが、亡くなった時も目が痛いって言って倒れたって。

――病院に行っても原因がわからなかったんですか?

S:アフリカではそういうことがよくあるので。前から体調を崩していたし、仕方なかったのかなというのもあるんですが。
しばらくは夜眠る前に思い出して辛かったです。
忘れられないのは笑顔です。ニコッと笑って“You see? SUMI”って。僕にとっては優しいおじいちゃんみたいな存在でした。
パシパミレさんが亡くなる1か月前くらいにジンバブエで撮影されたビデオを見せてもらったんですが、他の流派の師匠と仲良さそうに肩を組んでいたりして。前と大分変わったなと思いました。

――自分はもう長くないかもしれないと予感していて、遺す家族のために周りと仲良くしておこうという意識が働いたんでしょうか。

S:それもあったのかもしれませんね、わかりませんが。

生きていく上で、またムビラをやっていく上で大切なものを与えてもらいました

S:一番最初にパシパミレさんから習ったのが「ネマムササ」という曲で、この間の僕のソロのライブでも歌いましたけど、歌詞の意味は、
鳥よ 鳥よ 私のおじさんとおばさんを何処に連れて行ってしまったの? 鳥よ 鳥よ 私のおじさんとおばさんのところに私も連れて行って
という亡くなった人を想いながら鳥に訴えかけているというものなんです。ムビラ・プレイヤーは年をとればとるほど、大変な経験をすればするほど哀愁を帯びた声になるんだと思うんですが、パシパミレさんがこの歌を僕に教えてくれた時、高くてかすれた声で歌っていて、その声を聴いて僕は、パシパミレさんは亡くなった人のことを思い出しながらこの歌を歌っているのかなあって思っていたんですが、まさか今、自分がパシパミレさんのことを想いながら歌うことになるとは、あの時は思ってもいませんでした。
2007年に出会って2010年に亡くなって今は2011年ですが、一番気持ちを伝えてもらったと感じたのはムビラサミットだったと思います。生きていく上で、またムビラをやっていく上で大切なものを与えてもらいました。それがなんだったのか、言葉ではうまく説明できないのですが、とても大きくて素晴らしいものでした。

(2011年8月6日)

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今までで一番のロング・インタビューになりましたが、伝えるべき大切な想いがたくさん詰まった有意義なインタビューになったと思います。

生きている私たちは、逝く人からバトンを託され、
その真意を、しっかりと受け止めなくてはいけないのだと思います。

パシパミレさんが魂を削ってでも伝えたかったこと、生きていく上でもムビラをプレイしていく上でも大切なこと、
インタビュー中では具体的な言葉として表現されていないのですが、敢えて言葉にするとしたらそれは「愛すること、許すこと」なのではないでしょうか。

愛することは、その存在を、精神を許し受け入れること。

的外れかも知れませんが、お話を伺っていて、私はふとそんなことを感じました。

SUMIさんは日本とジンバブエを行き来しながら、日本でもライブやワークショップを開催されています。

興味がある方は、ぜひムビラの音に触れてみてはいかがでしょうか?

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